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初めて物理板きた

1名無しさん@おーぷん:2014/10/02(木)22:41:37 ID:lumw93GLK()
なんか怖い
2名無しさん@おーぷん :2014/12/05(金)12:37:23 ID:s2W
まとめからきたお 登記
3名無しさん@おーぷん :2015/02/01(日)13:44:40 ID:GJk
http://blog.livedoor.jp/chihhylove/archives/8294718.html
4父:菅原清次の罪 :2015/07/14(火)12:54:46 ID:0v7
           
強姦容疑で大学講師逮捕−−西宮署(兵庫県西宮市)

 高校3年生の女子生徒に性的暴行を加えたとして、西宮署は13日、兵庫医科大学 教養部門 生物学 講師、独立行政法人理化学研究所 客員研究員 菅原 文昭 容疑者(39)を強姦(ごうかん)容疑で逮捕した。
「女子生徒を見て性欲が止まらなくなった。」と容疑を認めているという。
 逮捕容疑は12日午後9時ごろ、西宮市仁川学院周辺の路上で、同学院吹奏楽部の高校3年生の女子生徒(18)に性的暴行を加えたとしている。
 同署によると、菅原容疑者はかつて自分が仁川学院の顧問であったことから女子生徒に声を掛け、突然暴行を加えたという。一緒にいた女子生徒の同級生が、知人を通じて110番した。菅原容疑者は飲酒していたという。
5名無しさん@おーぷん :2016/11/12(土)10:20:51 ID:hik
物理板に初めて来たけど、初めて来た人に言いたいのは
物理ってもう終わってないかってこと

物理的にはあの世は無いことになってるけど、物理現象が理解出来ないものだってことが
科学の進展によって分かりつつある今、あの世が無い方が非科学的なんじゃないかってね
例えば考え方として


考えられるすべての理由が完全に表裏一体だった
科学者はこんな論理矛盾も理解しない
物理原理主義者というサヴァン症候群なだけか
否定するすべての理由がそのままきれいに裏返しの形になっている
唯一の反論である今ある存在を根本否定している科学者はさすがに存在しないか

証明完了 
これで存在しないものが一つとして無くなった


とかね
6名無しさん@おーぷん :2016/12/17(土)11:47:31 ID:r94
ちょっと分かりづらいか
この世が存在する理由が全て
あの世が存在する理由に適用適応される
あの世が理解出来ない人類の頭の悪さは
ちょうど動物が科学を理解出来ない事と同じ構図だ

あの世を否定する全ての理由が
この世を否定する全ての理由になる
一体全体、この世は存在しないのか
この世が存在しないと実感出来る人間がいるとは思えないが
もしいたとしても、独自解釈と現実は違うってことなんだろう


スティーブジョブズや中村修二が人類にとって有益な発明をしたので結果素晴らしいのだが
他の多くの人達も同じ気持や努力を続けていたが、結果がたまたま伴わなかっただけで本質的な価値は何ら変わらない
スティーブや中村と同じように世代や時代を越えて全ての人々から感謝されることになる
結果や実績なんか全く関係なく、本質は何一つ違いが無い完全に同一のものだ

たまたま一生という時間が区切られてはしまっているが、もし思いが永遠なら確実に永遠の価値があることになる
たまたま一生という時間が区切られてはしまっているが、もし思いが永遠なら確実に永遠の価値があることになる


すべてが独自解釈
正しいかどうかは最後に結論が出てから判断出来るだけで、途中経過にどんな意味があるのか
すべてが独自解釈で済むなら物理現象に苦労はしない
状況証拠があらゆることを物語っているのに、それを見ないで独自解釈がまかり通るが
独自解釈はどこまで行っても独自解釈でしかない
7名無しさん@おーぷん :2017/02/09(木)12:54:05 ID:joG

論破の神様

論破の神様が存在していて
勝つことは絶対に不可能
でも唯一負けないという道は残されている
生前の論破努力次第でその道が決定される
マジでびっくりするような内容で論破される
しかも絶対に負けられない内容で
こんなことならもっと論破努力をしておくべきだったと誰もが後悔する
論破の神様
それは必ず存在して誰もがいつかは対峙しなくてはならない
容姿は人間とは限らない
動物、昆虫、細菌、植物とどんな姿形でもなり、その人物に対して一番論破されやすい見た目を演出する
論破の神様
それは必ず存在し、誰もがいつかは対峙しなくてはならない神様
対決内容は言葉だけでその他の演出は根本的に何の意味もなさない
単にいかに論破を有利に持っていくかでしかない
だから焦る必要はない
時間制限など存在しないのだからゆっくり落ち着いて神様の論破に対応していけば良い
論破の神様は相手を論破するだけが唯一の目的なのでその対応だけに集中していればよりよい結果に結びつく
焦って等身大の自分を見失うとさらに論破内容が積層化して分散化し、より論破困難な状態になり
良い結果に導くのが難しくなるだけでは無く、逆結果に為りかねない
論破の神様
それは必ず存在して、誰もが対峙する運命にある神様
論破というと一対一の対決だと思いがちだか、論破の神様とやりあうときは何人でも仲間の助けを求めることが出来る
勿論論破の神様は唯一絶対に一人だが、だからといって仲間の助けを許さないということは無い
自分のこと助けてくれそうな人に助けを求めればすぐにでも、何人でも論破の助け舟として参加出来る
この場合の時間軸はいくらでも自在に調整変更が可能になっているので
本当に助けてくれる仲間がいるのならすぐにでも何人でも呼ぶことが可能だ
自分のことを助けてくれそうな仲間がいないのなら残念ながら一人で対応するしかない
助けてくれる仲間がいてくれたとしても、その仲間の論破能力が低ければより悪い状況になる可能性も当然在り得る
論破能力の高い、そして自分を助けてくれそうな仲間はそんなには多くはない
当然論破の神様はその論破能力の高い仲間にも論戦を仕掛けてきて、本当に手助けする価値のあることなのかを含めて
徹底して論破してくる
それに耐えうる仲間なのかどうかは結局はその仲間との間で築き上げた関係性に尽きるとしか言えない
論破の神様
それは必ず存在し、全ての人の論破能力と対峙するためにだけ存在する
8名無しさん@おーぷん :2017/06/26(月)12:02:11 ID:4XR
人間には神秘性なんて全くの皆無だった
人間以前に単なる生物や単なる物理現象の方こそが神秘性の本質だった
人類は今まで一度も物理現象を理解したことは無い
いつかは理解出来るという前提もとっくに崩れてしまっている
今いる宇宙が理解不能なら他のどんな世界でも理解不能のまま存立することを意味する





物理学者は生命の物理的現象には興味が無いのか
人工生命の誕生に成功すればノーベル賞は確実だが
物理学では説明が困難な自己増殖を繰り返す生命の活動機能を別の視点で物理的に説明が出来れば
今まで考えられていた物理とは全く違った新しい力学の発見に繋がる可能性があり
物理現象の本質に迫れる可能性も出てくる

しかし物理学者はこの有意義な研究には関心がないようだ
何故なら既に理解を超えた素粒子力学が発見されて未だ何の解明も出来ないからだ
極小世界の理解もままならないのに生命の運動力学が理解出来るとは考えていないのだろう
つまり永遠に生命も物理も理解出来ないことが運命付けられているということか





あの世があるのか無いのかじゃない
発想が逆だ
この世があるのか無いのかが話の根幹だ
この世があることが当たり前だと考えるなら
あの世があることも当たり前だと考えることになる
理由はどちらも科学的存在理由が同じだからだ

多分あの世は人類が望んでいた寿命の無い物理現象になっているんだろうなぁ
人類が望んでいた本当の意味での寿命が存在しない世界
人類が望んでいた本当の意味での寿命が存在しない世界
これに関しては本当の意味で絶対的だな

そもそも物理現象に寿命なんてあるわけが無い
遺伝子が生き残っていくために寿命が存在するなどという
物理的に意味不明な説明は成立しない
遺伝子学という物理と偶然と終焉を無視した妄想学問は科学ではない
9名無しさん@おーぷん :2017/06/26(月)12:05:31 ID:4XR

人類は物理学で全てを理解出来ると考えられていたが
最終的には何も理解出来ないままで終わってしまった
結局振り出しに戻っただけだ
超常現象が無いことと
宇宙人に会うことは無いという証明だけだったな



プリウスが偶然誕生した
人間の意思が介在しても物理での結論は偶然としかならない
生命が偶然誕生した
神の意思が介在したとしても物理での結論は偶然としかならない
これは同じなのか




あの世なんて夢物語みたいなものは信じられない気もするが
超常現象こそ存在しないが
この世が既に夢物語みたいな世界となっていて常に驚異で満ちている
その中でも生物は更に特異な存在だ
宇宙にある物質とは一線を画す独自の世界を構築している
同じくこの世に存在するものとして、この世を肯定することが出来ない
全てに於いて一体これは何なんだという思いに駆られてしまう




この世が無いと証明出来なければ
あの世が無いと証明は出来ない
この世が無いと証明することは不可能
同じようにあの世が無いと証明することも不可能



重要なのは割合じゃない
実数そのものだ

百個の固まりがあって、全てだとしても百個に過ぎない
1パーセントなら一個でしかないが
一京だとたった1パーセントだとしても百兆だ
前者は一個、後者は百兆個だ
たった1パーセントなので軽視されて問題ないということは
百兆個くらいたいした数ではないという認識に繋がる
現代は実数ではなく常に割合でしか評価しないため、大きな誤謬が常に存在することになる
10名無しさん@おーぷん :2017/06/26(月)12:06:05 ID:4XR

人間は自分に理解出来ないものは無いことになるからな
実際は無くなってもいないし、常に存在するから物理世界が成立しているにも関わらず
宇宙の果ての先は存在するし、生物は人間の理解を超えた個体数が存在して関わり合っている
その一つ一つが意識と意志を持って生きているのだが、確かに人間の低能力では手に余る



超常現象は無いんだぞ。どうだすごいだろうとか言われても
超常現象は俺が育てたみたいな印象しか持たない
電気があるんだぞ。どうだすごいだろう
引力があるんだぞ。どうだすごいだろう
磁力があるんだぞ。どうだすごいだろう
などと何が違うのか
悲しいことに初めから全て用意されていたに過ぎない
逆に何故、超常現象は用意されていなかったのか理由が知りたい




真の唯物論者の正しい認識は
死んだら意識が無くなりすべてが終わるなんていうのはあり得ない
そもそもが生きていないという認識で、ただの機械的な反応でしかないものに終わるも始まるもない
眠っている間の意識が無いのが死んだ状態だというのも間違いで
意識があるのか無いとかも概念として存在していないから、意識がある状態というのが成立していない
意識があると意識が無いということに物理現象的には何の差異もないからだ
つまり生まれ変わって意識が再び誕生したとしても、認識としては生まれていない、ただの物理機械的反応でしかなく
生まれ変わりという認識はない
さらにもしあの世が存在しても、そこに永遠が存在しても、そこでの意識をただの機械的反応としか理解しないので
全てただの機械的物理的反応としか受け止めない
この世で存在している時とまったく同じ姿勢で成り立つ訳だ
この世で存在している時とまったく同じ姿勢で成り立つ訳だ
11名無しさん@おーぷん :2017/06/26(月)12:06:48 ID:4XR

生命に寿命があるなんて本来はおかしくないか
しかし何故か必ず寿命が存在する
その寿命を無くすことが出来ないことは科学的に確定済だ
それでも生命に寿命があるのは根源的に間違っているのだろう
寿命が存在し、無くすことが出来ない理由があるはずだ

宇宙の存在期限は寿命のある人間にとってあまりに長過ぎる
まるで永遠と言える位長い
つまり永遠は存在するということだ
宇宙が誕生と終焉を繰り返し続けたらまさにそれは永遠を意味する
永遠なんかあるわけが無いと言っても目の前にある宇宙は人間にとって永遠そのものだ

生物が不思議過ぎる
生物の存在理由をなんとかこじつけるようと長い年月の間試みられてきたが
結局すべてを撥ね帰された
植物とは、昆虫とは、微生物とは何なのか
人間には何一つ同じ現象が再現出来ない
そして本能とは何なのか
物理的には存在していないが、現実には存在している
生命も同じく物理的には存在していないが、現実には存在している
いや、本当は本能も生命も物理的に存在していて
物理現象を理解出来ない人類が何故か物理的には存在しないと嘯いているのだとしたら滑稽としか言いようがない




科学者は物に満ち溢れた世の中を見て
人間が世界を作ったと勘違いしている
人間に関係なく、世界は初めから作られている
この事実が見えなくなっているのが現代社会だ



生命はある日突然、偶然によって誕生した。
自己増殖を繰り返す物質だ
その自己増殖が枝分かれをしていき、多種多様な生物が生まれた
初めはたった一つの生命が、数が多くなると遺伝子の継承や生存競争、環境適合などという理由が作られた



唯物論は何を以ってあの世が無いと信じ込むのか
どこにも根拠らしきものが存在しない
この世がある根拠がどこにも存在しないのに
この世があることに何の疑問を抱かないのが唯物論の矛盾性がある
それとも唯物論はこの世も無いと思い込んでいるのだろうか
それならあの世があったとしても、無いと思い込めるから存在しないということか
ある意味すごい理論だな
12名無しさん@おーぷん :2017/07/10(月)12:01:24 ID:k5u

某キャプテン曰く





努力は必ず報われる       
どんな努力であろうと、決して無駄になることはない
いつかは必ず報われる
それが百年後だろうと、二百年後だろうと
必ず報われることになる
間違った努力ではない限り

無駄になる努力なんて一つとして存在しない
         
13名無しさん@おーぷん :2017/07/10(月)12:01:51 ID:k5u
      
一体生物のどこが偶然なんだよ
現実に有り得ない確率で全てが成立してるのに、偶然での説明を強制するしかないとか
この時点で物理学は終了しているという証明になっている

生物の起源が有り得ない確率で誕生したまでは、許容範囲として受け入れたとしても
その生物の意志として作られたあらゆる生成物も偶然としてしまうと、生物誕生の偶然性よりも
さらに困難で有り得ない確率が生じることになるのだが、そういった経緯に対する説明も全くされないまま
生物の営みが全て偶然にされている物理学の理不尽さは許容出来ない
生物の意志という偶然から乖離した現象は確率論から存在を否定出来ないことが科学的に分かる
      
14名無しさん@おーぷん :2017/07/10(月)12:02:15 ID:k5u
       
永遠にも段階がある
その段階も永遠と同じく無限にあるわけだが
矛盾しているかのように見えても、別宇宙では何の問題も無く成立する可能性がある
       








       
何故、唯物論者は物事に対して期待したり、怒ったり、望んだり、気分を左右したりするのか
全て偶然でしかないので、全く意味が無いことに気付けないのか





素粒子力学じゃなくて量子力学か
量子力学って人間が馬鹿だったということに気づいた学問だね






あの世から全て  されていると思えば、少しは気が楽になる
        





物理現象は全てが偶然
その偶然が偶然を理解する
何か可笑しくないか
偶然に理解するなんて概念は無い
しかし何故か偶然が偶然を理解していることになっている
      
15名無しさん@おーぷん :2017/08/02(水)12:49:29 ID:cAP
      
科学で物理現象を知れば知るほど
理解からは遠く離れて行く逆転現象が起きた
過去には科学で全てを知った気になっていたが
時代が進むにつれ理解出来ないことが増えるだけで何の解決にも繋がらない
科学も物理も今はただの自己満足を満たすだけの高価な玩具道具に成り下がった
いつかは実現出来るはずという自己弁解だけが幅を利かす荒んだ内弁慶世界だ

人間はいつから自分は頭が良いと勘違いをし出したのだろうか



人間は万能とは言い難い存在であって、単に目で見えるものが全てで
見えないものや確認出来ないものは存在しないという、歪で突出した万能感を持っている
宇宙の果ては確認出来ないので存在しない
人の意識も存在を確認出来ないので存在しない
多くの過去の出来事は確認出来ないので存在しない
しかし確認出来ないだけであって、存在してることは否定出来ないのだが
確認出来ないは存在しないが歪な万能人間の万能感存在確認だ



だから、あの世が無かったらこの世も無い
この世があるなら、あの世もある
こんな簡単な理屈が物理学では否定されるからなぁ
この世があるという超常現象性は何故か平然と受け入れられる二重基準は誰も批判しない
同じようにあの世も受け入れられないものなのか
また物理現象を永遠に理解出来ないことが決定している物理学者に存在意義があるのか
今まである科学技術が人類の全てで、今後増えることはない



生命現象は物理現象に内包しているのか
物理現象に於ける未発見な現象なのか
あるいは物理現象とは全く別の独立した自然物理現象なのか



物理的に意思は存在しない
すべてが偶然の産物
勿論、知能も存在しない
その存在しないものを人工的に作ろうとしているのが人工知能
物理的に存在していないのだから作ることは不可能で、実際に作れもしないし物理的に説明することも出来ない
       
16名無しさん@おーぷん :2017/08/12(土)10:17:36 ID:YPy

生命の誕生もハイブリット自動車も偶然の産物ということには何の違いもない
生命の誕生が有り得ない確率だとしても、それ以外の説明が困難なのでゼロではないという理由から反論をすることは避けられて来た
しかし生命誕生よりさらに有り得ない確率としてプリウスが偶然誕生するのだが、こういったことに対する確率的な議論を見たことがない
プリウスが偶然ではなく必然的に誕生したというのなら物理現象を根本から変えないと成立しない考え方だ
地球上に偶然生成された構築物としてはプリウスだけではない
例えば村上春樹の小説は物理的には偶然出来たものだが、これに対する偶然性はどのくらいの確率なのか
新宿高層ビル群が偶然出来る確率はどうなのか
今ある、ありとあらゆるものが偶然生成される確率は計算上成り立つことのない偶然なのだが
この時点で物理現象自体の認識が間違っていることが証明されている
生命の意思は確実に物理現象とは別の力学によって動いている状況証拠と言える
人工生命が作れないのも物理現象に対する理解度が全く間違っていることが原因なのだろう
こんなにも簡単に物理現象を超えたあの世の可能性を証明出来るとは意外な盲点だったか
17名無しさん@おーぷん :2017/08/12(土)10:19:04 ID:YPy

地球って滅亡してもまたすぐに復活するだろうな
すぐって言うと語弊があるが、それが例え100兆年後だとしても
その間の時間経過は生物にとっては何の意味もないので、すぐという感覚は間違ってはいない
睡眠から目覚めた時の間の数時間が無いのと同じようにきっとすぐなのだろう
宇宙は誕生しては終焉を迎えてまた誕生することを永遠と繰り返しているという考え方があり、恐らくそれで間違ってはいない
それに宇宙が一つだけ存在するというのも不自然過ぎるので、無数にある他の宇宙が似たような周期を繰り返しているとも言える
その度に何故か生命が生まれては多様で豊かな生命活動を今と同じように繰り返す
多少今の地球とは違った生態をしていたとしても、それは大した誤差ではなく本質は全く同じでしかない

生命活動は物理現象なのだろうか
あまりに物理では説明の出来ないことが多過ぎるのだが、
生物を純粋に物理現象として研究をしている物理学者はいないのだろうか
何故人間が人工的には絶対に真似をすることが出来ないような複雑で多機能で精緻な機械機能を持つことが出来て、
さらに自身の体だけで自己増殖をすることが出来るのか
単なる物理現象なら人間が同じように生命の力を借りずに再現が可能なはずだが、多少なりとも真似することが出来ない
18名無しさん@おーぷん :2017/09/21(木)12:40:33 ID:evN
      
井の中の蛙大海を知らず

今の科学の現状を的確に表した格言ではないのか
理系学者はあまり古典や文学などには興味を示さず
理数系の説明文書ばかりを読んでいて近視眼的な視野に陥っている状態なのではないだろうか
物理学の明るい未来を提示しないと研究費が集まらないので
物理も科学も卒業する時期に来ているとは言えない事情があるのかも知れない
学者なんて低給料で何の役にも立たないような研究を大学の片隅で細々と続けるというのが本来の姿なのだが
      
   
   
     
あの世には本物があるとも言える
偽物なんて一つも存在しない全てが本物だけの世界になる
そう考えると誰に対しても少しは楽しみになるのかも知れない
この世にある全てのものに「本物の」という接頭語をつければ良いだけ
それだけでこの世にあの世の本質世界が垣間見れることになる
    
   
       
    
人間に物理現象は理解出来ない
こんな簡単な事実が科学者には認識出来ない
今現在だけではなく、これから先も永久に理解することが出来ない
物理学者がいくら研究費にたかろうとして事実を誤魔化そうとしてもこの真理を変えることは不可能だ
物理現象を理解出来ないことが何を意味するのか、誰しもがいつか必ず理解する時が来るのだろうか
    
19名無しさん@おーぷん :2017/11/01(水)12:01:47 ID:Zn8
       
唯物論者とあの世派との勝負か
どっちが勝つんだろうね
正解は寿命が必ず答えを出してくれる
必ず出ることになっている
状況証拠はどちらの味方をしてくれているか
真面な反論が出来ない時点で決着はついているのか

初めは物理や生命の解明が出来ていたとしても大した問題ではないと思っていた
物理現象の完全な解明は当然出来ているものだったし、生命も物理現象の元、活動していると考えていた
それでも現実として意識や意志が存在することで、実質あの世が存在することになるとしか考えられない状況だった

しかし物理や生命は低能力な人間には知ることも理解も出来ない神聖なものだった
これは本当に意外だった
物理学者や科学者の不遜で自信ありげな態度からは想像がつかないほど、全く何も分かっていなかったからだ
さらにこれからどんなに時を経ても何も分からないし、何も出来ないことが確定しているなんて受け入れ難いことなのかも知れない
        
20名無しさん@おーぷん :2017/11/24(金)00:36:12 ID:7V2
 
「一垓年が短いとは一体どういうことなのか」

脳に損傷を受けたら魂まで影響を及ぼすなんておかしいので
魂は存在していなく、物理的な脳が全ての行動を確定するというのは短絡的な発想でしかない

まずこの世というか現実世界は物質や物理現象と密接不可分な関係にある
物理現象を超えたものは不可能なのだから生命活動の主体である脳が物理的に損傷したら
それら物理的制限を当然受けることになる
何かしらの病気になったら苦痛や倦怠感を伴うが、別に魂が物理的に病気の影響を受けるわけではないのに
何故か魂にも確実な影響が出ているので現実世界で活動するには魂も物理の影響を避けることは出来ない
それの究極が寿命で、寿命が尽きたら魂は物理的に存在出来なくなる
幽霊がいないのは物理現象の制限による結果でしかない
魂は物理的な現象に依存しないと現実世界では自己表現が出来ないということだ

だったら他人に乗り移ればいいと考えるかも知れないが
物理的な脳は今までの経験値によって形成されているので他の魂が乗り移ったとしても
脳の構成物質が変形する事も無いので同じ行動や思考しか出来ない
そもそも同じ生命体に二つの魂が同居することが出来ない様になってるのかも知れないが
現実世界では魂より物理的な脳や体によって左右され決定される
現実世界の優先順位は物理現象が最上位に来ている

それなら植物や昆虫、微生物や動物などはどうなっているのかというと
もしかしたら初めからそのようなことをする魂なのかも知れない
魂というと人間しか思い浮かべないのは狭量な考えに過ぎなく
個人的に人間や動物、昆虫などには大した違いがあるとは思わないが
これが植物や微生物となると大きく考え方を飛躍しないと成立過程を掴みきれない
まさに魂とは何なのかということになる

植物や微生物も自身の物理構成物質に順じた制限を持って魂の生命活動寿命が尽きるまで行動する他はない
また死んだら終わりという概念は、生まれたら始まりという現実と表裏一体のものであって何の意味も無いないことが確定している
いつものように別人格になるのだから終わりと同じであるという決めつけも、
宇宙と物理現象が一つしかないという希薄な希望に頼るしかない脆弱な逃げ口上となっているが、
その頼りである物理現象も根本的にはまるで理解出来ないという裏切られた状況であることすら理解しようとはしないのか
魂とは生命そのものであり、未知の物理現象であって科学の限界が証明されつつある今は
それ自体の正体を知り得る手段としては寿命を終えた結果を待つしかないのであろうか

唯物論者がこの説に反論するには人工生命を作り、人工知能を作り、生命活動がただの偶然説であることを証明しなければならない
しかしこれらは全て不可能となっていて、常に将来的には実現可能という自らが否定している宗教教義と
何ら変わることのない同程度の決まり文句しか発することしか出来ないほど落ちぶれた思想で勝ち誇っているに過ぎない
究極の極小世界は何によって構成されて、何の力学で現象確定しているのかを知らなければ
物理現象の深淵に到達したとは到底言えないし、この事実は魂の否定を実質困難なものにしていることを人は認識すべきなんだろう

この世は人間如きが考えるほど底の浅い存在ではない
21名無しさん@おーぷん :2017/11/25(土)10:45:50 ID:0A2
 
本当の勝負はあの世に行ってから決定される
運だとか才能だとか容姿なんて物は何の関係もなく、生前の努力のみであらゆることが決まって行く
もちろんこの世の人生で成し遂げた成り行きなどはまるで考慮されない
その理由は努力と結果には何の関係も無いからだ
寧ろ、運や才能や容姿は真の努力を行う上での足枷でしかない可能性の方が高い
この世の人生はただの序幕に過ぎず、たかが百年程度は本当の人生の一秒にも遠く及ばない
この世の努力内容のみが本当の人生を位置付けるものになっていることに気付かないという怠慢は状況証拠によって有り得ないということだ
「さよならだけが人生だ」という至言も「努力だけが人生だ」という真実に裏付けされる弁証法による概要となすべきことなのだろう
承知の域として感性に乗じて自動に紡いだ文学ということで言い得て妙とも違わない
 

 


結局、人間にとって論破が全てだったな
言い換えれば、人間には論破以外は何も存在しない
全ては論戦に勝てるか負けるかそれだけだ
似非論破で勝ちを誇っても何の意味もない
本当の意味で論破した時だけ人間としての価値がある
論破出来なかったらその内容は無価値であって、勘違いに固執する根本的に間違っていることの立証でしかない
 


 


短い単語だが「一垓年」の長さとは一体どの位の長さなのか
そして「一垓光年」とはどれ位の距離なのか
これだけでも人間は自分が馬鹿だってことに気付かないほど馬鹿だったのかということが分かる

本屋や図書館の本を見ていると一生の内に全部を読むのは不可能だなと感じる
しかし、一垓年あったら全てを読むことが出来る
概して、一垓年は実際にあるということなんだろう
22名無しさん@おーぷん :2017/11/25(土)10:47:09 ID:0A2
 
何を言っても物理現象が理解不能だからな
結果、何でも有りだよ
何々が無いなんてことはない
この世に神などがいないと言ってもあの世にはいるかもな
あの世には人間が想像するものは全て本物として揃っている
想像を超えたものさえもあるだろうな




使い古された言い方だけど、いったい生命は何処から来て何処に行くんだろう
23名無しさん@おーぷん :2017/12/05(火)12:00:50 ID:ilx
 
唯物論は全てにおいて脆弱で根拠薄弱なのに何故にこんなにも優越的な立場にいるのだろうか
あの世がある状況証拠としてこの世が存在している
これほどの強力な状況証拠が他にあるというのか
物理は理解どころか現象を確認することさえ出来ない
生物を偶然の産物と蔑みながらその仕組みも分からずに最も原始的な人工生命すら作り出すことが出来ない
つまりこれが噂の唯物脳なのか
自らが待ち望んだことを遥かに超えた世界があの世なのだろう


 


 

寝ている間に見る夢が唯一あの世との連絡場所かも知れないと仮定してみる
ほとんどの夢は生活上に関連したものが大半だが、中にはあの世からの切実な思いも混ざっていることがあってもいい
残念なことに目覚めた時、見た夢を覚えていることは少なく夢を見た記憶がないことも珍しくない
ではどうすれば次の段階、つまりあの世との接点を選別することが可能になるのか
逆にそれが確実に可能となると、絶対的な証拠が初めから見つからないようになっている世界の根幹的理由が崩れてしまうので
自力のみで選別するしかないか


 


 

老い先短い老人に人生は長かったかと問えば、ほとんど全ての老人が短かったと答えた
この人生観について専門家は、老人特有に見られる錯覚であり実際には人生は十分過ぎるほど長いと感じていたはずだと答えた
しかし専門家がもっともらしい学説を当てはめたとしても
老人本人が嘘偽りなく短いと感じているのであれば、本当の意味で短いということが事実ではないのかと思った
何故すべての老人は人生が短いと感じるのだろうか
これが何かの状況証拠に繋がらないかと考えを巡らせてみたが、特にそれらしい答えは見つからなかった

確かに百垓年と比べたら余りに短いとしか言う以外はなかったのだが
24名無しさん@おーぷん :2017/12/24(日)12:09:06 ID:9u6
 
改訂版

老い先短い老人に人生は長かったかと問えば、ほとんど全ての老人が短かったと答えた
この人生観について専門家は、老人特有に見られる錯覚であり実際には人生は十分過ぎるほど長いと感じていたはずだと解説した
しかし専門家がもっともらしい学説を当てはめたとしても
老人本人が嘘偽りなく短いと感じているのであれば、本当の意味で短いということが事実ではないのかと思った
何故すべての老人は人生が短いと感じるのだろうか
これが何かの状況証拠に繋がらないかと考えを巡らせてみたが、特にそれらしい答えは見つからなかった

確かに百垓年と比べたら余りに短いとしか言う以外はなかったのだが
それが千垓年だとしても人の許容感性に対して須く違いを見出すことが可能だったのかは心許ないと結論した


 


 
各自寿命を超えた将来性に精進すべし
自らの決定項は自らが選別権を持って責務を全うす
であるから選択権の多しはより優越な保険を持たざることと言えり
逆の貧困選択肢たるはその運命を持って天の前に胸を張るなり


 


 
真実として
雉も鳴かずば撃たれまいではなく
雉も生きずば撃たれまいであったのか
人も生きずば永遠程度には落ちまいにだったか
それでも地球と宇宙のようなものは無限に繰り返されるので生きない選択肢は存在しない


 


 
あの世とこの世は表裏一体の関係
どちらか片方しか無いということは在り得ない
というより多面体の表面と裏面の関係と言えるのだろう
その多面体も無限体になり表裏の関係も複雑に混然として判別が無意味な状態になっている
 
25名無しさん@おーぷん :2018/01/08(月)12:04:58 ID:N0F
 
人生って何に気付いたら正解なんだろうな
あの世があることは誰でも当たり前に考えるので答えではない
もっと他に気付かなければならないことがあるはずだ
空間の無限性か
時間の無限性か
物質の無限性か
現象の無限性か
生命の無限性なのか
生命の何に気付けば正解として認められるのだろう

遠く離れた場所に映像を送れるなんてすごい
過去に起きた出来事を記録して未来に見ることが出来るなんて
人間の英知はすごいでは無く
初めからそれらが用意されている宇宙がすごいだけだ
その証拠に何も用意されていないものは何一つ実現出来ていない

人工生命は作れない
寿命を無くすことも出来ない
太陽系外に到達することも出来ない
極小物質の究極的根幹にも辿り着けない
記録していない過去の出来事は再現出来ない

人は低能としての自分に気付き、他の生物の本質に迫ることだけが正解への道なのだろう
 
26名無しさん@おーぷん :2018/01/27(土)09:04:43 ID:WXy
 
意外と仏教は真実をついていたのかな
人生は終わってもまた何かしらの生命として始まる
地球が寿命を迎えて生命が絶滅しても宇宙と同じようにまた地球のようなものは必ず誕生する
そして多様な生物が同じようなことを延々と繰り返す
これだと救いがないので物理現象の違う別宇宙である「あの世」が存在する
分かりやすい構図だ
これ以上の答えがあるのか

教えの内容を見るとその後の人生展開についてもそれなりに筋が通っている
子供の頃は大袈裟だなあと思っていても事実は全く大袈裟でもなく普通に成立していた
特に時間認識がどの宗教と比べても秀逸だ


 


 

無差別は無限選択
一生も無限選択
キャラ設定はあの世で本物と出会うことになるのか
自分が望んだ世界がそこにある

唯物論は都合のいいところだけを摘まみ取ってチグハグな理論構築をしているだけ
そしてあの世に行ってこの世には何処にも存在しなかった永遠を知る…
それで良いのかどうかは自分次第か
 
27名無しさん@おーぷん :2018/01/27(土)09:05:10 ID:WXy
改訂版
 
人生って何に気付いたら正解なんだろうな
あの世があることは誰でも当たり前に考えるので答えではない
もっと他に気付かなければならないことがあるはずだ
空間の無限性か
時間の無限性か
物質の無限性か
現象の無限性か
生命の無限性なのか
生命の何に気付けば正解として認められるのだろう

遠く離れた場所に映像を送れるなんてすごい
過去に起きた出来事を記録して未来に見ることが出来るなんて
人間の英知はすごいでは無く
初めからそれらが用意されている宇宙がすごいだけだ
その証拠に何も用意されていないものは何一つ実現出来ていない

人工生命は作れない
寿命を無くすことも出来ない
太陽系外に到達することも出来ない
極小物質の究極的根幹にも辿り着けない
記録していない過去の出来事は再現出来ない

人は動物と同程度の低能としての自分に気付き、他の生物の本質に迫ることだけが正解への道なのだろう
あの世で答え合わせがされるまで、考えるしかない
 
28名無しさん@おーぷん :2018/02/25(日)14:14:56 ID:Nsc
 
昔の人は消えてしまった
一体何処に行ってしまったのだろう
今いる多くの人達もこれから何処へ行ってしまうのだろうか
そして未来に存在している多くの人達は一体何処から来るのだろう

昔の人はただ消えてしまっただけというぞんざいな単純化には到底組み出来ない
それなら今いる人はただ現れただけという単純化になるが
存在しているという過剰な重みに対してあまりにも思考放棄に過ぎる
あらゆる生物は全く同一だと思うが
人間だけが自由な意思による突出した選択権を与えられているようにも見える

ほぼ限りのない選択権を好き勝手に選び放題なのに
わざわざ自ら永遠を選択する不思議

人間はいつから理解出来ないことが理解出来なくなったのか
人間は自身を過大評価し過ぎた
それも科学の終わりによってようやく等身大の自分に戻ろうとしている気がする

心配しなくてもあの世はたぶん確実にあるからもっと安心して良い
真の意味で平等に扱ってくれる唯一の場所だから
やりきれなかった恩返しもあの世で必ず出来るようになる
ただし生前に恩返しの意思を持っていた場合にだけだ
何故ならあの世に行ってから恩返しをしようと思うなんて明らかに不自然だからな

あの世からこの世をじっと見守りながら
ずっとこちらが行くのを皆が待っていてくれる
寿命が尽きたら全てが終わりというのも科学と共に立派な妄想になった
佐野元春の曲でもあったな
終わりが始まりって
人生は恐ろしく長い
一人じゃなくても
 
29名無しさん@おーぷん :2018/04/05(木)12:10:41 ID:rNj
基本的にこの世には関知せずか。
それでも幾つかの救いの手は残してくれたようだが、それに気付くか気付かないかも人間次第か。

前に人生は何に気付いたら正解なのかと提起したが、その一つの答えとして「全てが未決定」だということだ。
誕生した瞬間はもとより、寿命が尽きるその瞬間まで何一つ決定することは無い。
あらゆる可能性が常にそして秒単位で希望として存在する。
それが気付かなければならない、この世の絶対的な存在意義だ。
物理現象然り、何も決定された現象が存在しなかった。

認識的に秒単位程で何かが決定されて、次の秒では全く違った結果を伴って決定される。
それが次々と繰り返されるが、最後まで何かが決定されたわけではなく、いつでも未決定状態だ。
たった一秒違えば、想像を遥かに超えた結果の違いが生まれるのだが、それに気付くことは不可能だ。

しかしあの世は全く逆の世界で、全てが決定した世界になる。
何一つ変わることなく何もかもが、そして時間と現象が延々と続いていく。

つまりこの世は何時でもどんな時でも希望に満ちた世界だと認識出来る。
それを享受するのか、手放すのかも自分の意志だということになる。
30名無しさん@おーぷん :2018/05/19(土)10:59:05 ID:Qa4
唯物論はいつから感情論に鞍替えしたのか
あの世は否定し、この世は肯定する根拠の先に見えるものは何があるのだろう
単に今、この世があることだけを理由に肯定をして、あの世はどこを探しても見当たらないので否定をする
もって凡そこれ以上の感情論が構築されるのは通常有り得ないだろうが、これが多くの唯物論者の真に自家撞着でもある
状況証拠によって証明したつもりになったあの世の高確率な実在可能性は
数十年後程度には確実に誰にとっても公平に答えが与えられて然るべきである
人間だけではなく、全ての生物に対しても
数十年が長いか、短いかなんてことは本当にどうでも良くて根源的なのはその確実性であり
結果は人の感情論などは無関係に自動創出されるという事実だけが唯一にして重要な論旨だ
つまり非確実性とは無縁のどこまで行っても均一的結果論でしかない
あの世があると言う自称宗教的人間とあの世は存在しないという自称科学的人間とではどちらが究極の楽観主義者なのかは誰にも知る由はない
31名無しさん@おーぷん :2018/06/10(日)10:54:09 ID:e0F
蟻や蚊などの精巧な作りと生態を眺めると、人間がこの先同じようなものを作る事が出来るようになるとはとても思えない
まずこの小さな筐体でこんなにも精密で正確な動きを再現することが不可能
それに蟻や蚊より更に小さな体を持つ昆虫はいくらでもいて、その一つ一つが蟻や蚊と少しも遜色の無い動きと行動をするから驚きだ
機械的にも知能的にも人間の製作能力には遠く及ばず、それ以前に昆虫の機構をまるで理解出来ていないし今後も理解出来る見込みもない
人間は生命をいつからこんなにも見縊り出したのだろう
生命は物理現象上で複雑怪奇な行動と成果物を表出する
生物をただの機械的な化学反応だとした低科学者は知能に欠陥でもあるのではないか
それとも自身の能力を超えたものに対する自己防衛的で相反した蔑みでしかないのか

生物は物理現象に対して完全に依存している
しかし生物現象が物理現象と同一かという話とは別問題だ
物理現象は多重構造になっていて一番表層にあるのが所謂物理現象で
便宜的にそれを第一物理現象と仮称する
32名無しさん@おーぷん :2018/07/04(水)21:09:32 ID:gFC
 改訂加筆版
 
肉眼的な極小昆虫である蟻や蚊などの精巧な作りと生態を眺めると
人間がこの先同じようなものを人工的に作る事が出来るようになるとはとても思えない
まずこの小さな筐体でこんなにも精密で正確な動きを再現することが不可能
それに蟻や蚊より更に小さな体を持つ昆虫はいくらでもいて、その一つ一つが蟻や蚊と少しも遜色の無い動きと行動をするから驚きだ
機械的にも知能的にも人間の製作能力では遠く及ばず、それ以前に昆虫の機構をまるで理解出来ていないし今後も理解出来る見込みもない
人間はいつから生命をこんなにも見縊り出したのだろう
生命は物理現象上で複雑怪奇な行動と成果物を表出する
生物をただの機械的な化学反応だとした低科学者は思考経路に欠陥でもあるのではないか
それとも自身の能力を超えたものに対する自己防衛的で相反した蔑みでしかないのか

生物は物理現象に対して完全に依存している
しかし生物現象が物理現象と同一かという話とは別問題だ
物理現象は多重構造になっていて一番表層にあるのが所謂物理現象で
便宜的にそれを第一物理現象と仮称する

物理現象は誰の味方もしない
ただ、生物の意思をそのまま現象するだけ
そして多層構造中の物理には他層の現象を記録するだけの役割を担った層が存在するかも知れない
記憶容量は無限近くになるが、異物理層にとっては造作も無い現象に過ぎない
その物理層に接して任意の記録を呼び出すにはまた違う物理層の現象を使わなければ叶わないが
人間に運命付けられた低能力では既に第二、第三物理現象程度で理解不能状態だ
 
33名無しさん@おーぷん :2018/07/04(水)21:09:51 ID:gFC
科学者はどう見ても、低能だった
絶対基準からしたらどうしようもない低能力だ
現状程度ですべてを理解したかのように日々を振る舞うのだから
空虚にして相当な自信家だと言える

その影響か、科学者教信者が世の中に多数存在している
もう科学教ですらない
科学者教信者は物理の経緯も現況も全く理解しないが、肩書だけに信仰をして他人の受け売りだけは得意気に披露する
探求心の底辺でも零れ落ちるくらいの人格形成された極限に薄っぺらい人間性だ

唯物論者として常に上から目線で他人とあの世を批判するのだが
何一つ裏付けがないので、肝心の唯物私感については少しも語られることはない
唯物論は科学なので反論には誠実に答えないと自己否定に繋がるのだが
単に唯物論で他人より優れていると勘違いしないと生活出来ない体質だけなのかも知れない

今まで本当に唯物論らしい意見と考え方を一度も目にしたことは無いし、今後も永久にないように思えるのは
唯物論者なんて元から存在していない、感情に左右された自己正当化論者がその実体だからだろう

物理学者というのは天性の傲慢体質しかいない
自分の頭が悪いという現実を少しも意に介さない
周りにいくら馬鹿を集結させても、絶対視点からでは何ひとつ変わりようにない低能事実が大地のように横たわるだけ
相対基準と絶対基準を意図的に混同させて特権的地位の幻惑を皮相的に行い責任逃れと雲隠れに終始する

低能科学者が言っていた生物はただの機械説は一体いつ証明されるんだ
人工生命はおろか植物等が作り出す物質と同質のものさえ科学的に作れない
似て非なる物質を必死に作り出して、苦し紛れにそれを人工自然物質と称する厚かましさ
いつかは出来ると念仏のように唱えては千年、二千年後でも出来ない状況になったときの言い訳が
新たな進展が見られたので五年後の実用化を目指しますなのだろう

人間は昆虫や動物が科学知識を理解しないのと同じように、物理現象の本質がまるで理解出来ない程度の低い生物に過ぎない
昆虫や動物が将来的に言語や科学を理解することがあるのなら、人間にも物理の真実が理解出来るようになるということか
物理の真実、それは結局あの世の存在証明に行き着くが人間には元からそれを知ることは許されていない
その理由を考えると幾ばくかの人生観の変遷に繋がるような気がする

何を信じようと答えは一つしかない
事実はどうやっても変えることが出来ない
気休めというにはあまりにも今生は短い
無限感は目の前の宇宙にさえ存在する
科学者は寄り立つ土台を見失ったまま独自結論を創生する
何を信じようと答えは一つしかない
 
34名無しさん@おーぷん :2018/07/29(日)09:49:12 ID:w9L
人間は必然的とはいえ科学を発見したことにより迂闊にも傲慢になり、慢心し過ぎた
科学によって全てが理解できて、長年の懸念概念だった神の正体もこれで完璧に掌握出来るはずだと希望的観測を奔放に押し広げて自分勝手に得心した
少なくても幽霊やそれに類する超常現象の無いことが状況証拠等で確認出来てしまったのでその傾向に拍車をかける結果になった
これは科学の根幹である物理現象学を中途半端に聞きかじった人間の特に顕著な特性面であって有害ともとれる選民思想に似る
だが人間の己惚れた思考能力では到達することが不可能な現象を逆証明せざるを得ないことの一貫して終わりのない連鎖性によって
人類は早急に万能なはずだった科学の方が完全に終わりきっていて時代遅れになったことを共通の普遍的真理として受容し
前時代的よりもう一段、二段も謙虚な姿勢で自然や宇宙に対峙しなければならない状況に立たされたことに追い込まれた
物理、つまり自然は人間を元始から強く拒絶している神聖で深淵な現象だったということだ

この物理に対する絶対的停滞に起因する人間の知能力的限界として
これが物理的限界なのか、生物的限界なのかが分からない
もし物理的な知能力の限界だとすると宇宙の終わりまでずっとこのままであることが確定する
そうではなくて生物的限界だと仮定すればいつかは人間とは違う生物的進化が突発的に発生して
どうすることも出来なかった物理の深淵に近づくことが可能になるのだろうか
例えそうなっても現人類には目の前で実行される新科学に対してどうやっても何ひとつ理解出来ないことには何の違いもない
目の前に繰り広げられる数々の不思議な現象を見ていくら説明をされても内容を把握出来ずにただ受け入れるしかないことになる
または外宇宙から知能力の進化した宇宙人が物理的な距離を乗り越えて地球に来ても同じようなことになるかも知れない
しかし状況から冷静に判断すれば物理的知能力限界が正解になる
昔の偉い人は何故何も無いではなく、何かがあるのかと疑問を呈したが
この世は完全な前フリだっただけか
これだけわかり易い前フリをしてもあの世を否定するのだから、人は分からない

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